戸籍のない人

ちょっと考えて、ちょっとだけ文章を書くつもりだったんだけれども、めちゃくちゃ長くなってしまった。しかも、読んでいて全然面白くない。でももったいないから載せとく。
戸籍に登録されていない人が、子供を産んだらしい。通常、新しく子が生まれた場合は親の戸籍に記載することになるのだが、祖母が母親を生んだときに離婚の係争があったため、以下の規定に関わる問題が浮上した。

民法第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2  婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

つまり、離婚が成立してから300日以内に生まれた子は、前の夫の子として扱われるということである。もちろん、「推定」であるから、はっきりした反証を示せば新しい夫の子として認められるわけであるが、それは裁判沙汰ということになる(民法773条に「裁判所がこれを定める」と規定されている)。手間がかかるだけでなく、「夫の暴力から逃れるために新しい生活を始めたのに、今の居所を知られてしまうことで身体の危険が生じる」など、単なる心情的な理由を超えた不利益が母親にかかってくるおそれがある。場合によっては離婚を成立させることさえできていない場合もあるだろう。前の夫(法的には今も夫)に会えば殺されるかも知れないのだから。
裁判をしたくないとなれば、前の夫の子として戸籍に登録するか、戸籍に登録しないかの二者択一となるが、前者を選択するのもやはり苦痛であろう。精神的な苦痛を理由に離婚が認められる以上、その苦痛を受忍して前の夫との子として戸籍登録を行うべきという判断は非合理的である。
こうした事情で、戸籍に登録されていない子がいるわけである。なお、こういった事情なしに「私たちは事実婚なの」とか言って単純な法的手続を怠っただけの人については、救済措置を執る必要など全くない。権利には義務が伴う。その義務が過重なものであるために実行できなかったものと認められる場合であればこそ、救済措置が必要なのである。故意に法を守らなかった人を、法が守る必要はない。
さて、行政としてはどう対処すればいいのだろう。この場合、考えるべき事は2つある。

  1. 今後、戸籍がある人の子に戸籍がないという状況をなくす方法
  2. 今現在戸籍がない人について、本人およびその子への対応

前者については、まず「300日規定」とその周辺を削除するか緩和する必要がある。この規定が制定された当時よりも医学が進歩し、妊娠して300日以内であっても未熟児・超未熟児として出産可能であること、検査さえすれば夫が誰であるかを医学的に証明できることを念頭に置いた規定が必要だろう(平成19年5月に、「懐胎時期に関する証明書」というものを用いた取り扱いが始まったので、多少緩やかになったかも知れない)。ただし前述の通り、故意に婚姻届や出産届を出さない人については救済の必要はない。無戸籍児の親に対しては、医師からの通報等をもって把握し、行政からの指導を行うべきである。それでも従わない場合は何らかの行政処分刑事罰の対象としてもよいのではないか。
後者については非常に難しい。なぜなら、本人に戸籍がないことを証明する公的書類というものは、論理的に存在し得ないからである。たった一つの例外があるとすれば医師が発行する出生証明書。これを役所に提出して戸籍に登録してもらえるので、もしこれが手元に残っているのならば、当該人に戸籍がない証拠と言えるかも知れないが、何十年も前の出生証明書を大事に保管しているとは限らない。なくした人には証拠書類がないのである。
たとえば、私は昨年結婚して戸籍を新しく作ったので明らかに戸籍があるが、その私が免許証などを持たずに役所に行って「田中一郎といいますが、戸籍がありません。昨年亡くなった母も戸籍がなく、父や祖父母のことは知りません」と申し出たとしても、それを肯定する証拠も、否定する証拠もないのである。もし私の言い分が通って戸籍が新しく作られたとしたら、全く新しい人間ができあがることになる。パスポートも免許証も、本物がもう一通手にはいる。何か、とっても悪いことをしても大丈夫そうな気がする。とりあえず消費者金融に行ってみたくなる。24時間頑張れば、重婚だって可能だ。そして私が死んだときにもらえる死亡証明書は一通であるから、本来の私か「田中一郎」のいずれかは戸籍の上で生き続ける。たぶん、どこかの段階で消されるだろうけれど、それは100歳超えた後だろう。
そんなわけで、今現在戸籍がなく、かつ出生証明書を持っていない(と主張する)人の戸籍を新製するのは危険な判断である。とすれば、今後の問題を解消するためには、戸籍のない人から生まれてきた子について、出生証明書をもって戸籍を新製するしかないが、その戸籍には親を記載できない。それは親子関係が証明できないからではなく、親がどこか別のところに戸籍を持っている可能性が排除できないからである。一人の人間が二つの戸籍を持ってはいけない。
「かわいそうだから作ってあげるべき」と口で言うのは簡単である。しかし、戸籍というシステムの完全性を保とうとすれば、少し考えるだけでもこれだけややこしい問題が出てくる。真にやむを得ない事情のある人はともかく、単なる自分勝手で婚姻届や出生届を出さない人は、自分自身ではなく子供の法的な利益を大きく毀損するという結果をどう受け止めるのだろう。義務は果たさぬが権利はよこせ、などという主張は絶対に許してはならない。