「自動車か…なかなかのパワーとスピードだ」

「このDIOが生まれたときには馬車しか走っていなかった」
この名ゼリフをッ!思い出させるッ!記事を見つけたッ!!日経エレクトロニクスッ!

自動車は、やっと馬車並みに成長した

 「自動車はやっと馬車並みになってきました」。先日,センサ技術の権威である東京大学の山崎弘郎名誉教授から,センサ技術を取り巻く環境の変化について直接お話を伺う機会がありました。このときの山崎氏のお話の一つに,このような言葉で始まる話がありました。
 馬車は御者が居眠りをしたとしても,追突したり,道路から落ちてしまうことはありません。これは,馬が御者に代わって周りの状況を判断しながら車を引いていたからです。人間は,馬を馬車の原動力として利用していましたが,気付かないうちに馬の感覚や知能を頼りにしていたのです。自動車は馬力では,馬車をはるかに凌駕した性能を持っています。スピードも速く,疲れも知りません。しかし,こと安全性に関しては自動車にまかせきりというわけにはいきません。運転手が居眠りをすれば,事故につながるのは必然です。馬車では馬が助けてくれた状況の判断を,運転手がストレスを感じながらすべて担う必要があります。
 車載カメラ,レーダ,ソナーなどさまざまなセンサが自動車に,搭載されるようになりました。これによって,ようやく馬の能力を機械で肩代わりできる見通しが立ちました。交通事故の削減に,こうした技術が大きな効果を発揮することでしょう。また,駐車時のアシスト機能のように馬には任せられなかった機能も生まれています。便利になったと感じる人は非常に多いと思います。センサの進歩と,認識や制御といったセンサの利用技術の進歩が,現代の馬車を支える基盤技術になっています。(後略)

ふむふむ、こういう発想から来る言葉って楽しいな。パソコンが電卓並みになる日を願う。起動の早さと手軽さと。