生まれ育った家

うちの実家がクリーニング業を営んでいるというのは、ここを定期的に訪れる人の多くが知っていることと思うけれども、このたび老朽化のために本社工場を建て替えることになり、そこに隣接する私の生家もつぶしてしまうことになった。今は誰も住んでおらず、物置になっているんだけれども、いろんな思い出もある家なので、家族揃って最後の姿を見に行った。私にとっては生まれてから中学3年までの15年間を過ごした家なので、物心ついてから12年分くらいの思い出がある。まだ父がたばこを吸っていた記憶のある、仕事部屋。兄貴と二段ベッドで寝ていた*1部屋。20年近く前、兄が中学の頃に作った400ピースのパズル*2がまだ壁に貼ってあった。祖母が毎朝毎夕おつとめをしていた、神棚のあった部屋*3。各部屋の壁には30年もののクーラー(エアコンではない)。ワイヤレスリモコンどころか、有線リモコンすらない。しいていえばヒモ式リモコン(ヒモを引くと風量が切り替わる)。
それにしても押し入れの多さに驚かされる。どの部屋にも必ず片面いっぱい(間口2間あるいは1間半×奥行き半間)の押し入れ。奥の方に入れたものはなかなか出せなかったけど、この収容力は半端じゃなかった。押し入れの中はもうほとんど空っぽで、掘り出し物などほとんどなかったけど、柱の傷、貼ってあるシールなど一つ一つがなんとなく懐かしい。
こんど帰省したときにはもうこの家はなくなっていると思うと少し寂しい。でも他人の手に渡ってしまうのではなくて、これからも我が家にとって大切な役割を果たし続けてくれるわけだから、残念な気持ちはない。きれいになって帰って来いよ、というくらいかな。

*1:兄は5つ上だが、なぜか私が上段で寝ていた。夜中に上段から転落したこともある

*2:もちろん手伝わされた。兄は「えっ?これオレが作ったん?」と言っていたが

*3:時々お賽銭をくすねていた。ごめんなさい神様。僕は今でも不信心ものです